2008年11月2日

作家という仕事は天職なのかもしれない

この研究科に入って1年半が過ぎた。

M1の秋に始めての著書、『ものづくりへの情熱』が発売された。10月25日だった。

しかし、これは本当は1人で書く予定だったにも関わらず、内容に自信がなかったため3人の共著となった。不完全燃焼だったし、自分の力のなさを感じた。200ページの書籍を執筆する責任の重さとその難易度の高さを感じた。力のなさと共に、『これからこの道で生きて行きたい』という強烈な思いを抱いた。

そして、今年に入って書きはじめた沖縄企業の経営者の人生と社会背景を書いた単著『本土に負けない沖縄企業』を書いた。A4のWORDで120枚。7月にリリースした。
この本は新聞に書評も書かれ、増刷もされた。
初めての著書という感じで、感慨深かった。本当にうれしかった。
知人に祝いのケーキをいただいた。
206ページの文章を書きあげた。その達成感は大きな財産となった。

そして、今年の10月ゼミの先輩の村上さんと共著『企業不祥事が止まない理由』を書いた。
この本の企画は私が出版社に持って行き、それが採用された。
同じ恩師の下で学んだ2人で書いた、ということで感慨深かった。
そして、帯にはその恩師の言葉が載った。この研究科に入学した事を初めてうれしく感じられた。

今、新たに2冊の本を書いている。これらが完成すると、5冊書いたことになる。この2年半で5冊だ。

書きたいことがいっぱいある。そして、それを応援してくれる出版社も数社ある。
感謝の気持ちでいっぱいだ。

この道で生きて生きたい。
小学生の卒業文集で書いた言葉を忘れていない。
『将来の夢』のコメントに、
『作家になりたい。社会に役立つような本を書きたい。』そう書いた。

社会に役立つ本は書けているのか。まだまだなのだろう。

でも、あと5年以内に自分の納得行くような本を世の中に発表したい。

2008年9月1日

8月27日 沖縄紀行②

朝から、某専門学校のコンサルティング。
次年度の生徒募集広報も大詰めである。徹底的なリサーチと自校のこれまでの分析を行い、戦略を練ってきた。その成果が願書受付開始の10月1日から出始める。その最終局面の検討を経営企画室のメンバーと夕方までMTG。

その後、地域の二代目経営者を集めての勉強会を2時間半。
内容は、講義を1時間とケーススタディーの討論を残り時間で行う。

おお急ぎで那覇空港に向かい、ANA136便 那覇空港発20:00発で羽田空港へ22:20着。
機内では読書を数十分してその後熟睡。

自宅に戻り、原稿の執筆を黙々と。
終わらない。。今回は相当難航している。

タバコを吸い、ここ数ヶ月愛飲しているコントレックスを飲みながら、明け方まで。。

2008年8月28日

8月26日 沖縄紀行 3つのありがとう。

朝起きて、部屋の片付けなどを少々。最近はきれいな部屋になってきた。

電車の時刻を調べて、予定通りの電車に乗り、羽田空港へ。電車が少し遅れて、うまく乗り継ぎがいかず、到着がぎりぎりだった。
ダイアモンドデスクに浜松町の駅から電話をし、搭乗手続き締め切りに間に合わない事を告げ、キャンセルされないように手配してもらう。このおかげで、乗ることができた。
ありがとう!電話の向こうの見知らぬおねえさん。。

ANA129便13:00発で那覇空港へ15:20着。
満席の機内ではカップル・家族ばかりで、スーツを着て乗っているのは周りを見渡す限りボク1人。
こんな時は周りを見ないで、仕事&読書で2時間20分を過ごすのがイチバンいい。
なぜか、こんな時は、機内で黙々と仕事が進む。

東京は最近爽やかな温度であるが、沖縄も風があって涼しい。
そろそろ、沖縄の一番良い気候になる。
秋の沖縄の気候は、とても爽やかでいい。昼間は太陽が高くきれいに晴れ渡っているが、風がありすがすがしい。9月下旬くらいまでは十分、海にも入れる。観光客が減り、海も人が少なくて良い。
そして、夕陽がきれい。
『だ~れもいない海・・』が味わえる。

沖縄に行くといつもお会いする、某社取締役山田さんが迎えに来てくれていて、そのまま2時間語り合う。いつもありがとうございます。
この方のおかげで、沖縄での仕事はいつもスムーズに進んでいる。

その後、沖縄大学 大学院で90分の講義。
夏休み期間のため、欠席者が多かった。が、そんな中きちんと出席した皆様に感謝して、いつもより気合をいれて講義する。受講生の皆さん、ありがとう。

夜は、沖縄県選出の某衆議院議員と会食。

2008年8月26日

書評

先日発売された本の書評が、琉球新報8月17日(日)の文化欄に掲載された。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-135313-storytopic-6.html

新聞社から依頼され書評を書いてくださったのは、
恩師であり父親的存在である、沖縄大学前人文学部 学部長の緒方修教授。

経営コンサルティングの仕事、大学での講師、そしてまだ駆け出しの物書き的なこと、と色々な事をして毎日を過ごしているが、この中のうしろの2つについては、緒方教授との出会いがなければ、ありえなかったことだ。

初めて出版した著書の書評を、この恩師が書いてくださったことに感謝するとともに、大きなご縁を感じる。

今、3冊目の本を書いていて、その締め切りが迫ってきている。そして、順調に進めば、9月下旬くらいに書店に並ぶ。
先の本について、先生は書評では優しく書いてくれていたが、
先日直接お会いした時には、『もう少し、しっかり書け』と励ましの言葉をいただいた。

次回の本は、その恩師の言葉を常に心に刻みながら、筆を進めよう。

2008年8月17日

散歩

今日は朝早く起きたので、朝食を買いに行くついでに散歩に出かけた。
いつも歩いている道だが、散歩という気分で辺りを見回すといつもと違った風景の中を
歩いているような気がしてくる。

夏の太陽の陽射しをさえぎる程、緑が生い茂った道を通り過ぎると
小学校の畑にはズッキーニやトマトなどの夏野菜が栽培されている。
夏の日の日差しのなか、里芋の葉に溜まった朝露がキラキラ光っていて眩しい。
都会の中でも、土の匂いや季節を感じることができる場所がある。

「暇があったら歩くにしくはない。歩け歩けと思って、私はてくてくぶらぶらのそのそと
いろいろに歩き廻るのである」と永井荷風は書き残している。

荷風の生きていた時代の東京は、どんな景色だったのだろう。
明治期に生まれ、大正・昭和を生きた荷風は文学史に残る名作を多く残した。
東京が下町の面影を多く残していた時代、自らの住む町を歩いて、作品の構想を練っていたのだろうか。

朝、少し早く起きて、ゆっくりした時間を味わっていると、
ふだん何気なく歩いている駅までの道から、いろんな光景が飛び込んでくる。
それは自分の心に新しい風を吹かせることになるのかもしれない。

夏の日の朝、少年の気持ちで過ごした30分だった。

2008年7月22日

7月22日  ゆったりとした夜の次の日

昨夜は、早朝5時まで映画を見たり、アイロンをあてていたりして、夜更かししていた。
そんなゆったりした夜を過ごす。
朝、8時半に起床。意外と、すっきりと目が覚めた。でも、ねむ~い、朝。

朝10時に六本木ヒルズにて、某社とのMTG

13時から、丸の内にて講演。
なんと、村上アニキとの競演の講演会。

僕の担当は、2本の講演で、オープニングと最終公演。

1本目の講演を終え、喫煙室にてタバコを吸っていると、恩師門奈先生からの電話がかかってくる。
僕の新刊を読んでいたただいたようだ。
先生からの温かい言葉と、『このまま、益々実績を積み重ねなさい。そうすれば、君の思い描いている将来の展望が必ず開けてくる』 という励ましの言葉に心打たれた。(少し、涙がでたかもしれない)


講演を2本終え、門奈先生にどうしてもお会いして、もう少しお話したいと思い、先生のもとへ行く。
そこで、先生と久しぶりにお会いして会話する。

10月に一緒に沖縄にいかないかと、誘われたがちょうど同じ日に、僕は中東ドバイに仕事のために行くことが決まっており、泣く泣くあきらめた。

そう思えば、門奈先生とは昨年、沖縄の3日間、ロンドンでの7日間と遠くの地において、たっぷりと教えをいただいた。そんな日々が思い出された。

『恩師』とよばせていただきたい、心から尊敬し、あこがれの先生である。

その後、村上さんと飲みに出かける。
門奈ゼミの先輩である村上さんに今日の講演の、批評をいただく。

そして、村上さんから、文章の書き方のコツを教わる。今後の執筆に大きな財産を得た。

すばらしい恩師・先輩に恵まれ、なんとも幸せな一日だった。

ゆったりとした夜を過ごせば素晴らしい一日が待っている、そう実感した。

2008年7月21日

目黒雅叙園

昨日は、目黒雅叙園にて、知人の結婚式に参加。

明治大学ラグビーのスターとシンガーソングライターの結婚式、とあって約400人の参加者に圧倒された。
芸能界・スポーツ界・アーティスト・経済界・政治家・タカラジェンヌ・キャスター・芸術家など、著名人ばかりだった。
各参加者には新郎新婦が記した紹介が配られたのだが、
私のそこには、『●●総合研究所 上席コンサルタント  同年代の活躍に大きな刺激を受ける』と書いてあったが、他の人々に比べると明らかにエッジが効いていない、感じがした。


宴は5時間あったが、披露宴というよりコンサートに来ているようだった。

古内東子さんが、『誰より好きなのに』を自らピアノを弾き、歌っている時、真矢みきさんと婚約した西島千博さんがバレイを披露し、参加者の大きな歓声があがった。(これで、もとはとれた感があった)

仕事柄、披露宴に参加すると、たいていスピーチをさせられるのだが、さすがに昨日のメンバーでは、そんな依頼もなかった。
(KONISHIKIさんや、サンプラザ中野さん、桑名正博さん、ラグビーの清宮さん、マラソンの瀬古さんがしていた。)

何かで結果を出し一流と呼ばれる人々と時間を過ごすことで、大きな刺激を受けた。
ボクも、この参加者の中で存在を認められるよう、何かで一流になりたい、と強く感じた。

6時から始まったこの会は11時に終了し、そこから2次会へ。
帰宅は1時半ごろ。